酒を飲みながらできる趣味で、映画鑑賞ほどお手軽なものはない。
今回は、飲みながら見るのにうってつけな『アナザーラウンド』を掘り下げます。
酒っていいよね!の賛美だけで終わらない、酒の怖さもじわじわ沁みてくる、教訓となる一本。
鑑賞する際は、好きなお酒を用意するのを忘れずに!
本記事は感想にネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎
映画『アナザーラウンド』の評価
総合評価 3.5 / 5 点
評価コメント:辛いとき楽しいとき、結局いつでも酒なのだ!
酒を「魔法」と見るか「罠」と見るかで感想が分かれる作品だ。
悩める教師たちは飲酒実験として、酔い続けるために飲む。楽しげに酒を流し込む陽気なシーンの裏に、依存や悲劇の影が漂い、じわじわと迫ってくるその時にヒヤヒヤする。
酒は人の眠っていた性質を引き出し、若者と中年をつなぐ媒介ともなる一方で、人生を狂わせる危険も孕む。飲酒実験を通して、酒の人生を豊かにも破滅にも導く両義性と、挫折した中年が人生をやり直す様がしっかりと描かれる。
そしてラスト、マッツ・ミケルセンが踊る圧巻のダンスは、生きる喜びと哀しみを見る者に鮮烈に刻み込む。
人生は楽しいし、辛い。酒は楽しいし、怖い。でも、どちらも決して悪いばかりではないことは断言できる!
キャラクターやストーリーは平均的だが、観賞後に教訓が残り、いい意味で戒めになる点は高く評価したい。
- 大学時代は飲みサークルで青春を謳歌した人
- 夜通し飲みながら眠い目で見上げる、白み始めた空が嫌いじゃない人
- 大のビール党の人
- ビール中瓶1本も飲んだら顔が真っ赤になる人
映画『アナザーラウンド』が視聴できる配信サービス
- U-NEXT
- Amazon プライムビデオ
- FOD
- Hulu
- Apple TV(レンタル)
現在、U-NEXT、Amazonプライムビデオ、FOD、Huluで見放題視聴が可能です!
映画『アナザーラウンド』ネタバレなしあらすじ
高校の歴史教師マーティンは、授業がつまらなくて生徒の受験に悪影響だと保護者から抗議を受けた。妻アニカと3人息子たちとの関係も冷えきっている。昔は同僚から羨望の眼差しを受けたマーティンも、今や誇れるところが何もない、ただの冴えない中年男だ。
マーティン、トミー、ピーターは、同僚で友人のニコライの誕生祝いに集まった。祝いの席で、悩みを口にし涙をこぼすマーティンに、ニコライがこんな話を持ち出す。
「血中のアルコール濃度を0.05%に保つと、リラックス状態になりパフォーマンスが上がる」
これに期待したマーティンは、早速酒を飲んで授業を行ってみるとーー。いつもより饒舌で笑顔を交じりのマーティンの授業を、生徒たちが熱心に聞いているではないか。「これはいける!」とマーティンは確信する。
マーティン、トミー、ピーター、ニコライの4人は、この仮説を証明するべく実験を始める。ルールは簡単。仕事中は常に血中アルコール濃度が0.05%になるように酒を飲み続けるだけ。
アルコール実験の効果は期待以上で、生徒たちの反応もどんどん良くなり、家族の時間も増え、マーティンの心に自信が戻ってきた。
さらに検証のレベルを上げ、4人は酒を飲み続ける。しかし、次第に自制を失い、順調だった日々に軋みが生じていく。
映画『アナザーラウンド』ネタバレあり感想
人にとって酒は薬か毒か、魔法か罠か
この映画を見た感想は、きっぱり三つに別れるだろう。
酒豪は「酒飲みてえ〜」と喉を鳴らし、酒が飲めない人は「バカだなあ」と呆れる。そして、酒が好きだけど弱い人(私はここに属する)は「お酒コワイ…」と、悪酔い時の苦痛を思い出して恐ろしくなる。
酒に弱い民たちは、これまで何度も、夜な夜な便器を抱き抱えながら「もう一生、酒飲まない」と言い、そして今でも変わらず酒を飲む。禁酒する理由も特段ない状況で、「飲まない」を選ぶことは案外難しいのだ。
本作は酒は楽しむために飲むのでははなく、飲み続けること自体が目的だ。酒を飲み続けるとどうなるか。行き着く先は「依存」か「惨事」である。
楽しげに酒を飲むシーンから始まった本作は、いつか起こるだろう悲劇に向かってどんどん進んでいく。酒という魔法を手にしたマーティンが、表情に明るさを取り戻すほど、私たちは悲しくなっていく。
アルコール依存一歩手前、やばいと思って酒を控えようと思ったマーティンが酒に釘付けになる、熱を帯びた視線。衝動に駆られて酒を手にしてしまうところは、リアリティがありすぎてゾッとした。
やってること(=飲酒)は陽気なのに、作中に悲痛さが伴うのは、マーティンの願いが切実だからだ。仕事中に飲酒することへの後ろめたさはあれど、生徒と家族からの敬愛を手にする喜びには代えられない。
酒で引き出される行動や言葉は、一時的な催眠やまやかしではなく、紛れもなく本人の性質だ。
若いころのマーティンは、やんちゃで優秀でかっこよく、意欲に満ちていた。マーティンは忘れていた過去の自分を、酒で思い出したにすぎない。
トミーのように、酒で人生を棒に振った者は決して少なくない。誰でもトミーになり得る。でも酒の力を借りて、プロポーズなど人生の局面を成功させた人はその何倍もいるだろう。
健康意識やメンタルヘルスのため、酒は避けるのがベターという風潮が強まった世の中で、「酒の怖さを肝に銘じたうえで、酒で人生を豊かにしていこうぜ」とグラスを掲げる本作の、腹の据わったこと。よほど健全で頼もしい。
トミーは、同僚や生徒から見ればアルコール依存で失敗してしまった残念な大人かもしれない。だが、メガネ坊にとっては、いじめっ子を蹴散らし自分に寄り添ってくれた英雄だ。
酒に良い面・悪い面があるように、物事にも両面あり、完全な悲劇などないのだとシェイクスピアも似たようなことを言っていたような気がする。
意外に豪胆なデンマーク感覚
自分が発端の飲酒実験をきっかけに友人が死んでしまったのに、「もう酒をやめよう」とはならないところが、日本人の感覚基準の違和感センサーに引っかかった。
それどころか、3人はビールを片手にトミーを偲んでいた。今手に持っているそれが、トミーが死ぬ原因になった忌むべきものとは思わないのだろうか。
口から飲むと呼気が酒臭くなってしまうから、酒を液体のまま鼻から吸っちゃうニコライにも笑ってしまった。痛いだろうに、そして問題はきっとそこじゃない!
デンマークは飲酒年齢が16歳からなので、学校が生徒の飲酒を当然に扱うことにも驚いた。学校行事のついでに高校教師と生徒が一緒に飲むことも頻繁にあるのだろう。日本の高校ではありえない光景で、シンプルに習慣の違いに感心してしまった。学生ながらビールを日に15杯飲むという生徒の、肝臓の強さにも。
北欧人というと、なんの根拠もないのだが、繊細で几帳面なイメージがあったから、結構豪胆なことが意外だったという話。
マッツ・ミケルセン可愛い論
ここからの感想は、映画の内容関係なく、マッツ・ミケルセンについて。
孤独か、精神が危ういか、その両方かの役柄ばかりのマッツだが、今回も例に違わず、孤独でやや危うい男を、その寂しげな眼差しで見事に体現して見せた。
静かな眼差しの中に情熱を秘める、不器用でままならない男マッツが、たまに心をあらわにする瞬間の衝撃がすごい。あれはもうほとんど爆風と言っていい。
ニコライを祝いながら、ぽつぽつと弱音をこぼし、ぽろぽろと涙を落とすマッツのいじらしさ。50代のおじさんで、あんなに身体も大きくて、気難しそうなのに、マッツの涙には彼を悩ますすべてから守ってあげたい(松任谷由美)と思わせる魔力がある。
じっとり陰のある表情がデフォになっている彼が、ごく稀に見せる笑顔は、さらに恐ろしい。
きつく結んだ口元が緩やかな動きでふにゃ〜と崩れる薄い笑顔。普段はむすっとしている分、その落差の破壊力は凄まじい。それだけで、「うわあ、笑ってくれた」と幸せな気持ちにさせられる。マッツが笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる(中島みゆき)とうっかり思いそうになる、危険な笑顔だ。
と、こんなことを半ば本気で書かせるほどの魅力が、マッツにはある。マッツを「北欧の至宝」と呼びはじめたのは間違いなく女だと思っている。至宝、異議なし!
元ダンサーのマッツが、軽やかでキレッキレのダンスを披露してくれる本作のラストは、すごく有り難く、眩しすぎてキレそうだった。以上、作品の内容と関係なくマッツファンの叫びでした。すみません、そしてありがとう!
映画『アナザーラウンド』考察・解説
【考察】若者と中年の対比|酒が二者間の距離を縮める
本作では登場人物がざっくりと、若者(生徒)と中年(マーティンたち)の二つに分けられる。そして、いたる場面で両者は対比構造を成していた。
- 若者は青空の下で酒を飲み、中年は狭いor暗い室内で酒を飲む
- 生徒が大学合格の報せに喜び笑いあう校庭で、マーティンとニコライはトミーの訃報に沈む。生徒たちの人だかりの中、二人がいるベンチの周りだけは見えない壁があるかのように人がいない
- 生徒が卒業祝いで賑やかに酒を飲むとき、マーティンたちはトミーを悼み静かに酒を飲む
しかし、酒を飲むことで二者間の距離は縮まる。酒が中年の心を若返らせるからだ。
マーティンは生徒からの人望を集め、トミーはメガネ坊と手を繋ぎ、ピーターは落ち込む生徒の相談にのり試験を助けた。
酒を飲むと、年齢を重ねて惰性と諦念で塞いでいた中年たちのは、若いころは確かに持っていた「想像力」と「肯定感」を取り戻す。
マーティンはかつては同僚から憧れられるほど、溌溂とした教師だった。マーティンが、妻アニカに「俺は変わったか?」と聞くのも、マーティンの中に”前はイケてた自覚”があるからだろう。
酒は、別人格を突然憑依させてくれるわけではない。その人の中で眠っている性質を表に出す後押しをしてくれたに過ぎない。
【考察】ラストシーンのダンスに込められた意味
ラストでは、酒を手に手に卒業を祝う生徒たちの輪の中で、昔ジャズバレエを習っていたというマーティンが見事なダンスを披露する。
俳優になる前はダンサーをしていたマッツ・ミケルセンの、当時50代半ばとは思えない、若々しく軽やかな動きが、最後にもうひと匙のポジティブさを与えてくれる。
このダンスシーンからは、「辛いことを乗り越えて、それでも生きていこう」というメッセージが伝わる。
最初は小さな振りから始まり、ベンチに腰掛けてトミーが身を投げた海をしばらく見つめたマーティン。彼はこのとき、トミーの死をしっかり受け止め、それでも前を向いて周りの人たちを大事にしていこうと決心したはずだ。
それ以降、マーティンの動きは格段に大きくなる。精一杯に身体を使って跳ね、走りまわる姿は、どこまでも生を謳歌しているのだった。
【解説】日本人の血中アルコール濃度0.05%の感じ方と目安量
血中アルコール濃度0.05%の感じ方は、日本人とデンマーク人では大きく違う。
血中アルコール濃度0.05%とは、血液1リットルに対して、アルコール0.5グラムが含まれている状態を指す。
日本人で例えるとどれくらいかというと、体重60kgの日本人男性がビール中瓶1本(500ml)弱 飲むと、おおよそ0.05%前後に達する。
もちろん個人差はあるが、酒に弱い人なら、中瓶1本も飲めば顔が赤く、鼓動は速くなり、心地いいリラックス状態とはとても言えない。他者から見ても飲酒したことがわかるだろう。
一方で、デンマーク人も含むヨーロッパの人々は、アルコール分解酵素がアジア人より多い。アジア人よりもアルコールの分解が速く、酔いを感じにくい。
血中アルコール濃度0.05%は、ヨーロッパの人々にとっては、ほろ酔いですらなく「ちょっとリラックス」程度だという。
【解説】デンマークの飲酒可能年齢と学生飲酒文化
デンマークの飲酒可能年齢は、16歳以上と、他国に比べるとかなりゆるい。
厳密には、アルコール度数16.5%未満なら16歳以上から購入可能、18歳を超えるとアルコール度数16.5%以上の酒が購入できるようになる。
なぜこんなに早くから飲酒が許されているかというと、「若者が周囲の大人が見守ってくれる若いうちから酒に触れることで、逆に飲み方を経験して学ぶ」との考えがあるためのようだ。
また、冒頭で若者たちがビールケースを抱えて飲みながら走るイベント「ビアラン」は、ビール大国である北欧やドイツ圏では学生文化として根付いている。
飲酒とランニングを組み合わせた遊び的な競技で、デンマークでは「Øl-løb」と呼ばれている。特に大学生や若者の間で、仲間内のイベントや非公式大会として行われることが多い。
ビールを飲みながら、ハードな運動をして、また飲む。日本でこんなイベントをやったら、嘔吐不可避の地獄絵図になることが簡単に想像できてしまう…。
デンマークビールといえばこれだ、カールスバーグ。むしろこれしか知らない…
スッキリ軽い飲みごごちで、食事、リラックスタイム、いつどんなときも飲める。映画晩酌にも最高です。
映画『アナザーラウンド』主な登場人物・キャスト
マーティン(マッツ・ミケルセン)
– 高校で歴史を教える教師。家庭では妻アニカとの関係が冷え切り、子どもたちとも距離を感じている。
トミー(トマス・ボー・ラーセン)
– 体育教師。独身で老犬と暮らしている。飲酒実験を仲間と一緒に楽しむが、次第に自制を失ってしまう。
ニコライ(マグナス・ミラン)
– 心理学教師。家庭では妻の尻に敷かれ、幼い子どもたちにも振り回されており、現実逃避と好奇心半分で飲酒実験を主導する。
ピーター(ラース・ランゼ)
– 音楽教師。人に対して親身でユーモアもあり、生徒や仲間から信頼されている。
アニカ(ラース・ランゼ)
– マーティンの妻。3人の息子を育てながら看護師として働き家庭を支えるが、夫との関係には亀裂が入りつつある。
校長(スーセ・ウォルト)
– マーティンたちが勤める高校の校長。近ごろ、生徒の飲酒問題に対して危機感を覚えている。
ヨナス(マグナス・シャアロプ)
– マーティンの長男。家庭では口数は少ないが、両親の不和を察し、飲酒が増えた父のことを心配している。
映画『アナザーラウンド』作品情報
作品情報
⚫︎ 製作国:デンマーク、オランダ、スウェーデン
⚫︎ 尺:117分
⚫︎ 監督:トマス・ヴィンターベア
⚫︎ 脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム
⚫︎ 撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
⚫︎ 原題:Druk
受賞・ノミネート
2021年 第93回アカデミー賞
- 受賞:国際長編映画賞
- ノミネート:監督賞 トマス・ヴィンターベア
2021年 第78回ゴールデングローブ賞
- ノミネート:最優秀外国語映画賞
予告動画
▼『アナザーラウンド』を見た人に おすすめ作品!
2022年に世界中が夢中になった『ウェンズデー』のシーズン2が、ようやく配信されました!シーズン1から空くこと3年、長かった〜。シーズン2では、各キャラの過去や性格がより詳しく明かされ、アダムスファミリーファンにはたまらないお話にな[…]
1993年公開の映画『愛が微笑む時』、私の大好きな映画です。笑えて泣けて、一緒に音楽にのって楽しんで、何度も別れが続く映画なのに鑑了後は優しい気持ちになれる、隠れた名作。たくさんの人に気に入ってもらえる作品だと思います。もっ[…]
久しぶりにすごい作品を見た。見終えてから、ずっとこの映画のことを考えてしまうほど、心に跡が残っている。『茶飲友達』はハッピーエンドでも、背中を押されるような作品でもない。でも、幸せになりたいから能天気ハッピーな映画を見ている[…]