数年前の一時期、小説「コーヒーが冷めないうちに」の広告を電車内でほぼ毎日見かけた。気になっていたものの、陰気でドロドロした作品ばかり手に取ってしまうせいで、結局読まずじまいだった。
でも、「4回泣ける」のコピーはその後何年も気になり続け、映画を見てみることに!
4回は泣けないけれど、じわ〜っと胸が温かくなる、万人受けする優しいファンタジードラマでした。
原作と違う点は多いのでまだ原作を読んでいないなら、先に映画を見るのがおすすめ!
本記事は感想にネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎
映画『コーヒーが冷めないうちに』の評価
総合評価 3.6 / 5 点
評価コメント:原作好きはには遺憾かもだけど、見て損なしの優しい良作
喫茶店を舞台に、“コーヒーが冷めるまでの短い時間だけ過去に戻れる”、制限付きのタイムトラベルで、後悔を抱えた人々が大切な人と向き合い、再び前を向いて生きていく姿が4つの物語で綴られる。
映画は有村架純演じる数を中心に据えて、原作が再構成され、彼女自身の成長や母との関係が軸となっている。
松重豊と薬師丸ひろ子が演じる夫婦の再会シーンは、夫と認知症を患う妻が、わずかな時間の中で言葉少なに精一杯“想い”を伝え合う切なさが胸を打つ。
過去を変える物語ではなく、過去を受け入れて現在を生き直す物語として、静かな優しさと確かな希望を残してくれる。ファンタジーでありながら人間ドラマの余韻が深い作品だ。
ただ、原作からの変更点も多く、ストーリーの意外性はなく映像も地味めなので、物足りなさを覚える人もそれなりにいるだろう。
- 上橋菜穂子作品、十二国記シリーズ、辻村深月作品、夏目友人帳のどれか一つでも好きな人
- 松重豊の切ない涙が見たい人
- 家族と一緒に見る映画を探している人
- コーヒーガチ勢や純喫茶ガチ勢ではない人(本格コーヒー映画ではない)
映画『コーヒーが冷めないうちに』が視聴できる配信サービス
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- Amazon プライムビデオ
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現在、U-NEXT、Amazonプライムビデオ、TELASAで見放題視聴が可能です!
映画『コーヒーが冷めないうちに』ネタバレなしあらすじ
時田数と従兄の時田流が営む喫茶店フニクリ・フニクラには、「ある席に座ると過去に戻れる」という噂がある。
過去に戻れるのは数が淹れたコーヒーが冷め切るまでの短時間だけ。この喫茶店内から出ることはできないし、過去に戻ってどんな行動をしても、現在すでに起きてしまっていることは変えられない。ほかにもいくつかの面倒なルールがある。
噂の席にはいつも、以前過去に戻ったきり帰って来なかったという女の幽霊が座っている。その幽霊がトイレのために席を立った時がチャンスだ。
先週この店で好きな男性と喧嘩別れしたというOLが、数に「先週のあの日に戻りたい」と申し出る。
OLが過去に戻るのを目撃した常連客たちも、それぞれ“どうしても伝えたい想い”を胸に椅子に座る決断をする。
映画『コーヒーが冷めないうちに』ネタバレあり感想
制限付きタイムトラベルが斬新
本作は、後悔を抱えて悩んでいる人が、過去(未来)で言いたいことをぶちまけてくる。スッキリして現在に戻ってきた彼らは、悔いなき人生を歩もうと行動を変える、というテンプレに沿って4つのストーリーが描かれる。シンプルに言えば4人の自己満足である。
原作小説は、演劇ワークショップに書かれたのちに舞台として上演された脚本が元になっている。限られたスペースで繰り広げられる舞台作品の特性が、原作でも映画でも、シリーズ特有の持ち味として生きてくる。
- コーヒーが冷めるまでの時間しかタイムトラベルできない
- 移動できるのは喫茶店内に限られる
この制限によって、タイムトラベルの肝は「ある日の喫茶店での数分間」にぎゅっと凝縮される。
また、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のように、タイムトラベルで現在が変わってしまうと、話が広がりすぎてオムニバス形式にするのが難しくなる。現在起きてしまっていることは変えられないという点も、この作品には必要な制限だ。
タイムトラベル先では、喫茶店内でたった数分会話するだけなので、ファンタジーの割には絵的にこじんまりしている。時間移動時の沈んでいく水音や背景の写真だけが、唯一ファンタジーらしい描写だ。
過去に戻っても現実は変わらない、という設定は、タイムトラベルものとして楽しむには少し物足りない。
ビジュアルも驚きも弱いまま、よく言えば穏やかに、悪く言えば変哲もない展開が4話続く。
でも、後悔を晴らしたことで客たちの表情は別人のように晴れやかになり、その後の選択を劇的に変えていく。
後悔は足枷になって人の歩みを止めてしまうこと、「想い」が人の行動を大きく左右すること。誰もが抱える後悔も、自分次第で希望に変わる可能性を提示してくれる本作の理念は、作品のトーンに反して意外に熱血。優しさ満ちたヒューマンドラマだ。
4回は泣けない、でも確実に1回泣ける場面
原作は「4回泣ける」のキャッチコピーで、映画公開前後は電車の車内広告でもよく見かけたので、気になってはいた。だが、広告に記載されている読者の声やAmazonレビューを見る感じでは、私の好みじゃなさそうで、ついぞ本を手に取ることはなかった。
世界でも大ヒットした原作だし、内容は知りたい。ということで、「泣き」への期待も高く映画を鑑賞した。
率直に言うと、4回は泣けない!1回はギリいけるか…というところ。
映画化にあたって取り上げた各話は、原作から設定変更されている箇所も多いが、話のスジは概ね合っている。
小説と違い、映画は各話に接する時間が短く、登場人物に感情移入する暇がないのが泣けない理由なのは明白だが、小説から入った人の中には「変に設定変えたり、省略したりするから!」とお怒りの人もいるだろう。
しかし、監督も脚本も近年ヒット作連発の、国民お墨付き実力派の二人。独立した単話に共通点や一貫性を持たせつつ、数の成長も描き、大オチをつけて2時間の作品としてまとめるのは相当技術を要するはずだ。
1巻の主要キャラ・計を削って、妊婦を数に置き換えた判断には驚くが、映画から入った人には違和感はなく、むしろ意外性があってエンタメらしさを増したプロットに仕上がっていたと思う。
特に印象的なのは、松重豊演じる夫が、認知症の妻がまだしっかりしていた過去に会いに戻る場面。
薬師丸ひろ子扮する妻は、夫の様子から、未来の自分が夫さえ忘れるほど悪化していることを悟ってしまう。「君は未来でも大丈夫だよ」と繰り返す夫も、自分の嘘がバレバレな自覚がある。
でも二人ともお互いに、この時間を笑顔でいようと辛い気持ちを堪えているのがわかるから、涙をボロボロ流しながら「大丈夫」と頷き合うのだ。
心のうちにはもっと言いたいことがあるはずなのに、言葉に詰まって、「大丈夫」と言うことでしか愛を伝えられないところは、ここで悠長に長セリフを喋られるよりもグッと胸にきた。
熟練俳優二人の演技は表情だけじゃなく、呼吸や震え、間合いからも精一杯の優しさが伝わる。
この場面は、原作よりも映画に軍配が上がるだろう。たまらなく泣ける。
ひとつ疑問。タイムトラベルしたまま戻って来ず幽霊になる人がほかにも現れたら、あの席は複数の幽霊による椅子取りゲームが繰り広げられるのだろうか。
映画『コーヒーが冷めないうちに』見どころ解説
見どころ①:「誰にでも起こりそう」が共感を呼ぶ
過去に戻ってもう一度あの時をやり直す。作中で起きていることは、現実世界では決してありえないファンタジーである。
しかし、登場人物たちを苦しめるのは、好きな相手に素直になれないとか、家族に正直な気持ちを打ち明けられないとか、至って平凡な後悔だ。
いつ誰の心に生じてもおかしくない、身に覚えのあるこの感情は、見る側に「自分だったらどうするか?」と考えさせ、作品と結びつける。
喫茶店とコーヒーという、ごく身近にあって、街の隙間に本当に潜んでいそうなシチュエーションも、少し不思議なことが起こる場所として絶妙。
作品に共感を感じれば感じるほど、結末がもたらす心理的影響は強まる。希望と優しさに満ちた本作は、後悔に沈んだ気持ちを掬い上げ、背中を押してくれるはずだ。
見どころ②:明るく低彩度の映像で表現される”幻想“と”数と人との距離感“
作中の映像は、全体的に明るめのライティングと白を基調に彩度を若干抑えた色味で統一されている。
喫茶店は地下にあるにもかかわらず窓からは眩しい光がたっぷりと入り込む。どこか非日常な空間は、タイムトラベルという不思議な出来事をより幻想的に浮かび上がらせる。
一方で、彩度が抑えられた淡白なトーンの映像は、相手に深入りしすぎず一定の心理距離を保つ、数の人との接し方をも表す。
「母親に置いていかれた」、「自分がコーヒーを淹れなければ母親が幽霊になることはなかった」とトラウマと後悔を抱える数は、人に心を開ききれず、友達もいない。人と向き合うこと、つまり相手をじっくり見ることを避けているようにも思える。
薄い膜がかかったように色味が抑えられ、人の個性も欠如して見える映像は、数から見える世界そのものなのかもしれない。
映画『コーヒーが冷めないうちに』原作と違う点は?
二美子は五郎を追いかけてアメリカに行く
1人目の客・二美子は、映画では五郎を追いかけてアメリカに行くが、原作では五郎の「3年後に戻る」という言葉で待つことにしている。
二美子をアメリカに行くよう変更したのは、映画版の「心次第で未来は変えられる」という主張を強調するためだろう。
常連客の房木夫妻の性別と状況が逆
喫茶店の常連客で看護師の房木と、その妻で認知症の高竹夫人(本名は房木)は、原作と映画版で性別と立場が逆になっている。
原作では、認知症の夫・房木を、その妻で看護師の高竹夫人が世話しているという関係になっていて、手紙をもらうために過去に戻るのは高竹夫人だ。
房木が妻のことを忘れてしまったので、夫人は房木の前では旧姓・高竹を名乗っている。
認知症を患うのを妻に変更したのは、過去に戻る客の性別のバランスを取るためだと思われる。それと、大人女性が多いであろう原作ファン層には、夫が妻を献身的に支えるという構図のほうが響くと考えての改変かもしれない。
新谷は映画オリジナルキャラクター
数の恋の相手となる、常連客で学生の新谷は映画オリジナルキャラクターである。
数の成長を描くうえで欠かせないキャラクターであり、数と新谷の関係の変化によって、4篇それぞれの話が同じ時間の流れの上に続いていること(=連続性)を裏付ける役割も果たしている。
原作では妊娠するのは数じゃなく流の妻・計
原作では、数の従兄である流の妻・計も、喫茶店フニクリ・フニクラで働いているが、映画では計の存在はカットされている。流に妻子がいるかどうかは明かされないまま。
映画の終盤では数が新谷との子を身籠るが、原作で妊娠し、「ミキ」という名の女の子を産むのは計である。
映画『コーヒーが冷めないうちに』主な登場人物・キャスト
時田 数(有村架純)
– 喫茶店「フニクリ・フニクラ」店員。店内のある席で数が淹れたコーヒーを飲むと時間移動できる。母に対する後悔を抱えている。
新谷亮介(伊藤健太郎)
– 常連客の近所の美大大学生。数を意識している様子だったが、徐々に距離を縮める。
清川二美子(波瑠)
– 時間移動の噂を聞きつけて、喫茶店「フニクリ・フニクラ」で喧嘩別れした好きな相手に会いに、過去に戻りたいと願い出る。
加賀多五郎(林遣都)
– 二美子が想いを寄せる男友達。喫茶店「フニクリ・フニクラ」で二美子と喧嘩したまま、アメリカに転勤してしまった。
平井八絵子(吉田羊)
– スナックを経営している「フニクリ・フニクラ」常連客。さばけた性格で面倒見がよく、数と新谷の関係をさりげなく後押しする。
平井久美(松本若菜)
– 八絵子の妹。実家は仙台の老舗旅館で、姉を連れ戻すため、たまに仙台から「フニクリ・フニクラ」にやって来る。
高竹佳代(薬師丸ひろ子)
– 常連客。若年性認知症を患っており、夫のことを忘れてしまった。高竹は旧姓。
房木康徳(松重豊)
– 高竹の夫。看護師をしながら、認知症が進む妻の世話をしている。妻が元気なころはよく夫婦で店に通っていた。
時田 流(深水元基)
– 数の従兄で、喫茶店「フニクリ・フニクラ」のマスター。
時田 要(石田ゆり子)
– 時間移動ができる席にいつも座っている幽霊。その正体は数の母親で、十数年前に時間移動をしたきり戻らず、幽霊になってしまった。
未来(山田望叶)
– どこからか時間移動をしてきて、数のためにコーヒーを淹れてくれる少女。
映画『コーヒーが冷めないうちに』作品情報
作品情報
⚫︎ 製作国:日本
⚫︎ 尺:117分
⚫︎ 原作:川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』『この嘘がばれないうちに』(サンマーク出版)
⚫︎ 監督:塚原あゆ子
⚫︎ 脚本:奥寺佐渡子
⚫︎ 撮影:笠松則通
⚫︎ 音楽:横山克
⚫︎ 英題:before the coffee gets cold movie
- ドラマ『アンナチュラル』(2018年) 演出
- ドラマ『MIU404』(2020年) 演出
- ドラマ『海に眠るダイヤモンド』(2024年) 演出
- 『ラストマイル』(2024年)
- 『映画 グランメゾン★パリ』(2024年)

受賞・ノミネート
2019年 第42回日本アカデミー賞
- ノミネート:新人俳優賞・話題賞 俳優部門 伊藤健太郎
予告動画
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