映画『八月の鯨』ネタバレ感想&考察解説:どんなおばあちゃんになりたいか老後について考える

老姉妹の穏やかな夏の日々を描いた映画『八月の鯨』。

舞台は始終、ある別荘かすぐそこの岬の狭い範囲内、登場人物もほぼ5人。老姉妹の夏の静かな別荘暮らしを描いただけの映画ですが、こめられたメッセージは豊かで優しく、世界中で絶賛されている唯一無二の作品です。

人生の先輩たちからのメッセージによって、「老い」への恐怖が柔らぐのを感じられると思います。

本記事はネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎

映画『八月の鯨』の評価

The Whales of August_chart

総合評価  3.4 / 5

評価コメント:歳を取ってもロングヘアでおめかしするおばあちゃんでいたい

この『八月の鯨』は、自分が老いたときどんな場所で誰に頼って過ごし、何を眺めて何に囲まれて生きたいかを考えさせてくれます。だってそれは、私たちが選んだ道の果てに残る、人生の結果とも言えるものだから。

「死」をただ待つだけの日々か、主体的に毎日を生きるか。同じことをする毎日でも、どちらの心持ちで生きるかで、老後の日々はまるで違ってきます。本作では、老姉妹が残された時間をどう生きるか向き合う様子が、じっくり丁寧に、繊細に描かれます。

特別なことはなくても、人を招いたときはおめかしをして、記念日には写真と花とキャンドルを飾ってワインを飲む。自慢の髪だって若いころと同じように長く伸ばして手入れを怠らない。リビーとサラのように心に宝物を忍ばせて、ストレスや不安をうまく処理しつつ、穏やかな日々過ごしていけたら、人生上出来だと思うのです。

  • ジブリ作品のような優しい哀愁にときめく人
  • 2人姉妹の人
  • おばさんになったら髪の毛を短く切ることになんとなく抵抗がある人
  • 海が見える家で育った人
  • 老いることがこわい人

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映画『八月の鯨』のネタバレなしあらすじ

アメリカ北東部・メイン州のとある島、岬に別荘が建っている。リビーとサラの老姉妹は50年以上にわたり、そこで毎年夏を共に過ごしている。夏になると、別荘下の入江にはクジラが姿を表す。島の人はみな、夏にクジラがやってくるのを楽しみに待っている。

窓から海を見下ろす静かなこの家で、妹サラは絵を描いたり花を育てたりと、丁寧で穏やかな日々を送っている。一方、姉リビーは視力を失って以降、気難しさを増し、妹に対してもつい厳しい言葉をかけてしまう。

海にやってくるクジラを待ち侘びながら過ごす静かな夏。たまにサラの幼なじみのティシャ、気さくな修理工のジョシュアがやってきて、お茶と噂話を楽しんでいる。

あるきっかけで、島に滞在しているマラノフを夕食に招くサラ。マラノフを毛嫌いするリビーは、不機嫌な様子。マラノフとの夕食がきっかけで、サラとリビーは喧嘩になる。

映画『八月の鯨』のネタバレ感想・見どころ

おばあちゃんになってもロングヘアでいよう

おばさんになったらショートカットにして、おばあちゃんになったらくりくりパーマをあてるのが自然な流れだと思っていました。誰に強制されたわけでも、法律でもないのに。私は子どものころからいまもロングヘアなんですが、そうしている人が多いから、いずれ時がきたら自分もそうするんだろうと。

この映画を見終えたとき、心で強く思っていたのが「老後も髪を長く伸ばし続けよう」でした。

リビーもサラも、おばあちゃんになるまで長い髪を保ち続けているのがとても素敵だと思いました。時代的に、女性が髪を短くすることがなかったのかもしれませんが、なにかと手間のかかるロングヘアを毎日の日課として丁寧に手入れするだけでもう、生きることに手を抜いていない気がします。

夕食に人が来る、記念日がある。たとえ家でも、ちょっとしたことでも、きちんとおめかしをしてテーブルを飾って特別にする彼女たちの「きちんとした」暮らしが、すごく豊かに見えました。ゴージャスの豊かじゃなく、グラマラス=魅力的な方の豊か。

歳を取るって、「変化を受け入れて、さまざまなことを諦めること」だと思っていました。加齢で艶とボリュームが無くなった髪の毛を受け入れ、ロングヘアを諦めて、ショートカットにパーマをあてて地肌を隠すように。

でも、彼女たちの暮らしを見て、歳を取ることは「変化を受け入れたうえで、自分で選ぶこと」なんじゃないかと思ったのです。艶のないバサバサで痩せ細った髪の毛を、「すっかり昔と変わっちまったなあ」と思いながらお手入れする。変化を受け入れたうえで、昔と変わらずロングヘアでいる道を選ぶことは、決して、若造りでも悪あがきでもない。

老いたから諦めなくちゃいけないことなんて、本当は何一つない。自分で身の回りのことができるかぎりは、自分の気持ちを指針にいろんなことを選んで、豊かな老後にしたいなと思うのであります。

思い出はいつまでも減らない宝

いつまでも減らない財産があったら、ぜひともほしい!あればあるだけ困らない!

月明かりで輝く夜の海を、マラノフさんはコインのきらめきに例え「いつまでも減らない宝」と言いました。マラノフさんは、本物の「いつまでも減らない宝」を持っています。母からもらったエメラルドの指輪、それは母との思い出でもある。思い出もまた、いつまでも減ることはありません。

コイン(お金)は老人になっても手に入れるチャンスはあるけれど、若いころの思い出は、老いてしまってからは決して手に入らない。老後、ベッドの上で昔の思い出を懐かしもうとしても、実際になにかをした経験がなければ、思い出す”こと”自体がないのはちょっと寂しい。

リビーやサラ、マラノフさんが思い出を大切に取り出して慈しんでいたように、10代でどこ行った、20代になにでばか笑いした、30代で食べたこれが美味しかった、とかの記憶って、いつか綺麗に輝く宝になるんじゃないか。

今は思い出がなくたって別にいいもんと思っていても、いつかきっとすっからかんの記憶を寂しく感じるときがくる。どうせなら宝はたくさん並べて、綺麗なものに囲まれて老後を過ごしたい!

私は外に出て人と関わるのがすっっごく面倒に感じる質なんですが、これではいけない。思い出つくっとこ!と思いました。

マラノフさんは海のきらめきを見て、コインに例えました。海面って細かく光ってて、綺麗ですしね。でもこれ、海だからこその発想だなと。そこで、山育ちの私は「目の前に広がるのが山だったら、コインじゃなく何?」と考えてみたんですが、浮かばなくて諦めました。誰か素敵な例えを教えて…。

映画『八月の鯨』のネタバレ考察・解説

鯨は季節を、紳士は夢を、女友達は日常を運ぶ

タイトルにも「鯨」が入っているし、登場人物はいつも鯨の話をしているのに、肝心の鯨は一度も姿を表しません。でも、太陽の光を反射し輝く海が映るたびに、このきらめきの中で大きな鯨が悠々と泳いでいるんだと想像しては、なんだかすごいものを見た気分になります。

きっと岬を見下ろすリビー、サラ、ティシャも鯨の姿が見えないときでも、「この視界のどこかに鯨がいる」と思えば、心が軽く躍動したに違いない!鯨には、大きな生き物・広い自然には、そこにあるだけで人の心を揺さぶるパワーがあると思います。

リビーとサラの父曰く、鯨は尻尾で北極の風を運んできて季節を変える」そう。同じことの繰り返しで退屈な日々、凪で停滞した島の時間を、鯨が動かす。だからこの島で過ごす人にとって鯨の存在は特別です。

そして、次に紳士。そう、マラノフさんです。マラノフさんは女性にを運んできます。

ロシア皇室と遠い縁のあるマラノフさんが語る華やかな社交会は、アメリカの小さな島で暮らす女性たちにとっては、いつか古い小説で読んだ世界で、遠い幻のようなもの。

そんな憧れの世界から来た人が自分の生活に飛び込んできたら、自分もおとぎ話の一員になった気分になれるでしょう。その瞬間から、人生は特別になる。いまで言うと友達の友達が有名芸能人、みたいな感覚でしょうか。

サラもマラノフさんの巧みな語りを、うっとり聞き入っていました。今までマラノフさんが住まわせてもらっていたヒルダもきっと、マラノフさんの話を聞くのをいつも楽しみにしていたでしょう。

女性に夢と特別感を与える代わりに住みかを提供してもらう。これがマラノフさんの処世術です。

一方、噂話が大好きなティシャは、リビーとサラに日常を運んできます。

ティシャが持ち込む外の世界の話は、いわばデイリーニュース。外側の世界の話を聞いて時間の経過を実感する、というのは覚えがないでしょうか。

長い期間家にこもっていて、久しぶりにニュースサイトを開いたら、世の中ではいろんな事件やトピックが起こっていて結構時間が経っていたことを知るとか。

ティシャが外の世界と老姉妹をつないでくれるから、二人はこの別荘で夏を過ごせるんだと思います。

リビーにとって11月は死の季節

リビーは11月を怖がっている様子でした。リビーにとって、11月は「死」を連想する季節です。

季節が秋から冬に変わる11月は、植物や動物、あらゆる生き物が眠りにつきます。

リビーの夫・マシューが亡くなったのも11月。「あの人が死んだ月に生きていくの」というリビーの言葉に、今も変わらぬマシューへの愛と、長い月日が経っても癒えぬ寂しさが滲みます。

そして、11月からはクジラが見えなくなります。サラの別荘があるメイン州では、クジラが見られるのは8〜10月にかけて。11月にはもう鯨は見えません。

鯨が姿を消してしまうことに、人生の終わり=死を重ねてしまうのでしょう。ここで過ごした夏の記憶が、心に鮮やかに残るリビーには、11月は色も乏しく悲しい季節なのです。

サラ役リリアンはリビー役ベティより14歳年上!

この映画を撮影したのは1986年。姉・リビー役を演じたベティ・デイヴィスは79歳、妹・サラ役を演じたリリアン・ギッシュは93歳でした。なんと、サラ役のリリアンの方が14歳も上なんです!

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リリアン・ギッシュの細胞どうなってんのや…
1893年10月生まれのリリアン・ギッシュは、サイレント映画期から活躍し、「アメリカ映画の母」と称されます。代表作はD・W・グリフィス監督の『国民の創生』『イントレランス』など。リリアンが映画界に残した功績は数知れず、1970年にはアカデミー名誉賞も受賞しています。1993年に、99歳でこの世を去りました。
1908年4月生まれのベティ・デイヴィスは、1935年『青春の抗議』、1938年『黒蘭の女』でアカデミー主演女優賞を2度獲得。代表作は『何がジェーンに起ったか?』『イヴの総て』など。黄金期のハリウッド映画界に多大な影響を与えた名女優で、晩年まで現役を貫きました。八月の鯨撮影から3年後の1989年に、81歳で亡くなりました。
撮影当時、ティシャ役のアン・サザーンは78歳、マラノフ役のヴィンセント・プライスは76歳でした。

サラの別荘は北海道と同じくらい涼しい

リビーとサラが、夏のあいだ過ごすこの別荘は、アメリカ・メイン州のとある島にあります。

メイン州は、アメリカ東海岸の最北部に位置し、州の半分より北部はカナダに突き出す形をしています。

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メイン州最大の都市・ポートランドはだいたい札幌と同じ緯度なので、リビーとサラが避暑地にしているこの島は、だいたい北海道南部の気候と同じくらいとイメージしてください。

海風が吹き付けるあの別荘は、体感温度はもう少し涼しいかもしれません。作中でも、リビーとサラはカーディガンや長袖を着ていましたしね。

ちなみに、メイン州でクジラ(ザトウクジラ)が見られるのは、エサとなる小魚やオキアミが豊富な夏〜10月ごろ。 そのあとクジラたちは、フロリダ沖やカリブ海へ南下します。

映画『八月の鯨』の主要登場人物・キャスト

サラ・ウェッバー(リリアン・ギッシュ /吹替:藤波京子)
– 夏をメイン州の別荘で過ごす老婦人。クジラが見えるこの別荘を大切にしている。戦争で夫を亡くした。

リビー・ストロング(ベティ・デイヴィス /吹替:京田尚子)
– サラの姉。病気で視力を失い、他人に頼って生活することに負い目を感じ、卑屈になっている。

マラノフ(ヴィンセント・プライス /吹替:松村彦次郎)
– ロシア移民の老紳士。定住せず、転々と渡り歩いている。母親がロシア皇族と親戚筋だった。

ティシャ(アン・サザーン /吹替:荘司美代子)
– サラの幼なじみ。噂好きで陽気な性格。

ジョシュア(ハリー・ケリー・ジュニア )
– 島の修理工。歳を取って動きが鈍くなり、仕事を続けられなくなる不安を抱えている。

映画『八月の鯨』の作品情報

作品情報

⚫︎ 原題:The Whales of August
⚫︎ 公開年:アメリカ 1987年 / 日本 1988年
⚫︎ 製作国:アメリカ
⚫︎ 尺:90分
⚫︎ 監督:リンゼイ・アンダーソン
⚫︎ 脚本:デイヴィッド・ベリー
⚫︎ 撮影:マイク・ファッシュ
⚫︎ 音楽:アラン・ブライス