Netflix『第10客室の女』は、世界30カ国以上で翻訳される同名ベストセラーを実写化した作品。
アメリカでは15週連続ベストセラーランキング入りした人気作らしいが、日本ではそこまで話題にならず、タイトルも著者ルース・ウェアのお名前も知らなかった。
だが、豪華客船でのクルーズで、不審な事件に存在するはずのない乗客…という魅力的な設定に、上質ミステリーの気配を感じ、配信前から目を付けていた私は早速飛びついた。
率直に言うと、素晴らしい設定を活かしきれず、残念な出来だった。どうしてつまらなかったのか考えてみたので、感想とともにどうぞ。
本記事は感想にネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎
Netflix『第10客室の女』の評価
総合評価 2.9 / 5 点
評価コメント:少なめ、浅め、薄めの極薄味(順にキャラ描写、プロット、脚本)
Netflix映画『第10客室の女』は、豪華クルーズでの不審な出来事を発端に、誰にも信じてもらえない状況の中で立場を失っていく恐怖を描いたサスペンス。
原作ではローの見た光景が幻覚かもしれないという不確かさが不安を煽るが、ネトフリ版ではローの正しさが明白で、緊張感が薄れてしまった。
記者でありながら、権力者リチャードによって“狂人”と扱われ、声を封じられるローの姿は、現実社会の「真実を語る者が黙らされる構図」を象徴している。
終盤の、ロー、キャリーら声を奪われた女性たちが結託し、陰謀の首謀者リチャードを倒す痛快な展開は◎。
だが、人物描写や伏線の弱さ、犯人が早々に分かってしまう単調な構成が難点。完璧な密室ミステリーの舞台を活かしきれず、ミステリ好きには物足りない。
キャストの演技と海上の雄大で神秘的な景色は高評価に値するし、逆境の中で声を上げる者たちの連帯と抵抗の物語としてはいい結末に落ち着いたと思う。
- 富豪の集まる密室ミステリー好きの人
- 最新の豪華クルーズ船の設備に興味がある人
- キーラ・ナイトレイ&ナタリー・ポートマンどっちでしょうクイズに全問正解する自信がある人
- ネトフリオリジナル作品に刺さる作品が多い人
Netflix『第10客室の女』ネタバレなしあらすじ
ジャーナリストのローラ・ブラックロック(以下、ロー)は、実業家リチャード・バルマーと妻アンネが主催するチェリティークルーズに招かれる。アンネの財団に多額の寄付を寄せる大富豪たちを乗せて、ノルウェーまで3日間の旅。豪華客船での様子やノルウェーでの資金集めパーティーを記事にしてほしいと、アンネたっての依頼だった。
船に乗り込んだローは、元彼・ベンと思いがけず再会を果たした。若干の気まずさを覚えるローは、ベンを避けるため慌てて身を隠した第10客室で、金髪の女性客と鉢合わせる。
夕食後、アンネの図書室に呼ばれたローは、アンネと二人きりで対面する。白血病末期のアンネは、「財団や財産はすべて寄付し、リチャードに渡さない」とローに打ち明け、到着後のパーティーで発表するスピーチ原稿も見せてくれた。
アンネとはまた翌晩に話の続きをと約束し、ローはベッドに入る。夜中、隣の第10客室から聞こえる騒音で目を覚ましたローがバルコニーに出ると、何かが海に落ちる水音が聞こえた。海には沈んでいく人間の手、バルコニーには血痕も付いている。
「誰かが海に落ちた!」と、ローは慌ててスタッフに報告し第10客室に駆けつけるが、客室に人がいた形跡はない。スタッフも口を揃えて、「この第10客室に泊まっている客はいない」と言う。
ローは夕方見かけた金髪の女性のことを訴えるが、乗客やスタッフらは、「PTSDを抱えるローの妄言だろう」と取り合ってくれない。
自分の見たことが確かだと証明するため、手がかり集めに奔走するローの身の回りに不審なことが起こり始める。
Netflix『第10客室の女』ネタバレあり感想
信じてもらえない状況が人為的に作られる恐怖
本作の根幹を成すのは、やはり「言うことが誰にも信じてもらえない」という、ローの置かれた状況の不安定さだろう。
ローの一人称で語られる原作では、ここまでの物語もすべてローの妄想なのでは…と、じわじわと不安に蝕まれるのだが、残念ながらネトフリ版ではその不確実性がうまく作用していなかった。
鑑賞者には、ローが真実を言っていると明白に感じられる。それは、乗客の富豪たちが、記者で一般庶民のローを終始疎み、小馬鹿にしていたことに起因すると思う。
船は最初から、【ロー VS ロー以外の全員】の構図だった。誰もローの声を聞く耳など、はなから持っていなかった。そんな状況を見たあとで、どうしてイカれているのはローのほうという考えになると言うのか。
記者のローは、以前の取材対象者が自分のせいで海に沈められて殺されたことにショックを受け、PTSDを抱えている。だが本来は、弱者に寄り添って真実を伝える正義感の強い記者だ。
船の外の世界では大勢に真実を伝える声を持つローが、この閉ざされた船の中では「イカれてる」のレッテルを貼られ、声を封じられてしまう。
この「明らかに真実を言っているローの言うことを誰も信じない」という状況が、人によって故意に作られていることに、ネトフリ版独自の恐さがある。
船上ではリチャードがルールであり、リチャードが「そんなはずない」と言うなら、ローの言うことは虚言だ。乗客もリチャードの作ったルールに沿って、頭のおかしいローが妄言を吐いていると信じて疑わない。
真実を語る人の口を故意に塞ぐ。これは、船の中じゃなくても、どこでも行われていることに気づく。
政治関係者やセクハラ当事者、身近なところではSNSで世論に一石を投じる人。和を乱す発言をする人に「あの人ちょっとおかしい」と変人の烙印を押して主張を封じ込める事案は少なくない。
作者のルース・ウェアは、多くの若い女性がその被害者になることに憤りを感じて原作を書いたと語っている。しかし、実際は若い女性のみならず、相対的に立場の弱い者なら誰でも被害者になりうる。
ローが陥った「誰にも信じてもらえない」という状況は、他者の故意によって、誰の身にも起きるかもしれない出来事だ。
女たちが結託して悪をぶん殴る痛快ラスト
リチャードの小さな独裁国と化した豪華客船で、悪の王を打ち破る方法は一つ。王よりより大きな力を得ることである。
そしてそれは、同じ境遇にいる人に声を届けることで成し遂げられた。
声を奪われた女性はローだけではない。船内には真実を伝える術を持たない女性が、ローのほかに3人いた。
アンネになりすますキャリーはリチャードからの支配、警備主任のシグリッドは主従関係によって。病気で自由がきかないアンネはリチャードの支配と医師ロバートの薬漬けによって、真実を外に伝えることができない。
海に落ちたのはアンネだとわかり、アンネに託された意思を繋ぐため、ローは一生懸命キャリーとシグリッドに呼びかける。
それまで影が薄かったシグリッドが、終盤で急に大きな役割を果たしたのには驚いた。シグリッドはリチャードの言葉に眉をひそめる描写もあり、リチャードの言動に不信感を感じることは以前から度々あったのだろう。
かくして、ローの声に耳を傾けて自らの意思で束縛を逃れ、結託した女たちは、リチャードの悪事を晒し、リチャードを銃で打ち、殴りつけた。怒りのトリプルコンボ。リチャードは型通りのTHE悪役だっただけに、このラストは痛快だった!
実を言うと、キーラ・ナイトレイから滲み出る芯の強さと毅然とした美しさは、PTSDのトラウマ記者を演じるには少々強すぎると思った。だが、不安に襲われたときの目の奥の暗さや焦りの表現、巧妙の一言に尽きる。
キャリーを演じたギッテ・ウィットも、強い意思や行動力があるわけではないが、ただ守りたいもの(娘)のために命をかける平凡な母親を、完璧に演じていたと思う。
独創性はどこに?最高のミステリシチュのはずが…
さて、本作の評価がイマイチな理由に触れよう。それは…「薄っぺらかった」のだ。
豪華クルーズ船で、大富豪ばかりの船旅、不審な事件、宿泊者のいない客室…。
これだけでもう名作ミステリの予感がする完璧なシチュエーションではないか。というか、正直ほぼアガサ・クリスティじゃないか。
しかし、「ナイル殺人事件」や「オリエント急行殺人事件」には遠く及ばないプロットだった。キャスト、シチュエーション、ロケ地など食材がいいだけにすごく惜しい。
これと言って真新しい展開もなく、どこかで見たストーリーをなぞるだけの、可もなく不可もなくな出来栄え。夢中になりはしないが、視聴を途中でやめたいほどでもない。
歯応えはあるが、噛んでも噛んでも味がしない、極薄味。
船には乗客・スタッフ合わせて10名を超える人間が乗っているのに、リチャード以外誰も怪しくない点は、一周まわって斬新と言うべきかもしれない。
最後まで、「まさかこれでリチャードが犯人だなんて、いくらなんでも」と思っていたら、本当にリチャードだったのでうっかり失神しかけた。
原作は2025年に続編、ネトフリ続編はおそらくなし
同タイトル原作の続編『The Woman in Suite 11』の英語版が、2025年7月に刊行された。日本語翻訳版が出るのは1~2年先になると予想される。
続編は、クルーズでの事件から10年がたち、結婚して母親になったローが仕事に復帰するところから始まる。
億万長者マーカスからスイスの高級ホテルに仕事として招かれたローは、そこで10年前のクルーズ船乗客たちと再会。マーカスの愛人が、ローに助けを求めてくる。
しかしまたしても、隣の部屋で不審な殺人事件が発生。ローは事件に巻き込まれてしまうと言うストーリー。
また同じメンバーで、しかも隣の部屋で殺人事件!同じ型のストーリーにどんな差異をつけて落とし込むのかが気になるところだ。
「ローやキャリーらのその後はどうなったの?」という、読者からの熱いラブコールに応えるかたちで、作者ルースは続編を書きあげたが、続編の評価には『第10客室の女』の方がよかったとの声が少なくない。
ルースは読者のために書いたのに、そんなこと言わないであげて…と私の意見はさておき。
気になるネトフリ続編はあるのかについては、おそらくないだろう。原作とネトフリ版では、生き残ったメンバーが異なり、原作ではベンは生きている。
今作同様、原作のストーリーに手を加えて映像化するにしても、新キャラ考案やプロット構築の手間や費用をかけてまで、評価が芳しくない本作に続けて新作を制作するか?と考えると、続編の可能性は低いと思われる。
ローのその後が気になる方は、ネトフリ続編を待つより、原作続編『The Woman in Suite 11』の日本語版を待つほうがおすすめです。
Netflix『第10客室の女』がつまらない理由|キャラ描写がひどい?
理由①:キャラクター描写やミスリードがない脚本の薄さ
本作がつまらない理由の一つ目は、キャラクター描写が少ないゆえに、各人物の心理や背景を理解できなかった点。
ほかの乗客は、性格やリチャード夫妻との関係はおろか、名前や仕事以外のプロフィールも把握できずに終わってしまう。
作中で詳細が語られないキャラクターは、重要人物ではない。
せっかくの富豪設定なのに、金や不倫で生じる愛憎渦巻く人間劇もない。
そんなわけで、乗客たちには少しも怪しむべき理由がない。この手の作品の醍醐味でもある「この人怪しい…」と思わせるミスリードも皆無。
名作ミステリオマージュのようなあらすじに釣られて鑑賞したミステリ好きには、がっかりを禁じ得ない、致命的欠点だろう。
理由②:どう考えても犯人がバレバレすぎる
二つ目の理由として、かなり序盤から犯人はリチャード一択に絞られてしまうことに苦言を呈したい。
原因は理由①と共通するが、ここでは、種明かしが早すぎてサスペンスのカタルシスが弱い点についての指摘である。
船に乗り込んだ日に落水事件は起きるが、その少し前、ローが本物のアンネと図書室で交わした会話の時点で、リチャードが怪しいことが示唆される。
そのあと、容疑者が浮上しないので、リチャード犯人説を疑いようもないまま、中盤1時間の時点でリチャードが犯人で確定してしまう。
本作で重要な謎は、「犯人は誰か」よりも、「第10客室に本当に女はいたのか」なので、リチャードが犯人でも問題ないのだが、船内の誰かが犯人かもしれない…という密室の猜疑間をもう少し味わいたかった。
理由③:トリック、犯人の行動計画がずさん
最後に、犯人リチャードの行動がずさんすぎる点を、本作がつまらない理由としてあげる。
リチャードは当初、遺言変更書類に署名してからパーティーで発表する1日だけ、キャリーにアンネになりすましてもらう予定だった。
ならば、キャリーは先に一人でノルウェーに行かせておいて、現地で合流でもよかったはずだ。
あるいは、リチャードは前々からロバート医師に命じてアンネを薬漬けにしていたようなので、いっそのこと薬でアンネを昏睡状態にさせて隔離し、キャリーをアンネとしてクルーズに同行させることもできた。
だが、アンネの代わりにキャリーが署名したとしても、その後もアンネが生きていれば、リチャードの企みはアンネの知るところとなる。いずれ本物のアンネも、病気悪化に見せかけて殺害するつもりだったのだろう。
そもそも、この船の客たちはなぜ部屋に鍵をかけないのか。鍵をかけていれば、キャリーを誰にも見られることなく、アンネと取っ組み合いになって海に落とす必要もなかったではないか。
隣室に人がいるのに、キャリーにバルコニーでタバコを吸わせるなんてもうお話にならない。
パーティーでもリチャードは「この女はアンネじゃない!」と簡単に白状してしまうし、行動の詰めの甘さが目立つプロットは、人を惹きつけるにはいささか改善が必要だと感じられた。
Netflix『第10客室の女』主な登場人物・キャスト
ローラ・ブラックロック(キーラ・ナイトレイ)
– 強い正義感を持つジャーナリスト。過去の取材で負ったトラウマとPTSDを抱えながらも、船上の不可解な事件の真相を追う。
リチャード・バルマー(ガイ・ピアース)
– 実業家で、アンネの夫。妻思いの優しい夫だが、その実はアンネの遺産を全部我が物にしようと目論んでいる。
アンネ・バルマー(リーサ・ローベン・コングスリ)
– 実業家 兼 慈善家。白血病ステージ4患者で、死後は財団ごと財産を寄付すると表明するため、記者のローをクルーズ船に招いた。
クルーズ乗客
ベン・モーガン(デビット・アジャラ)
– ローの元恋人。過去にもリチャードや乗客たちを取材していて面識がある。ローとはベンの女癖が原因で破局。
ロバート医師(アート・マリック)
– アンネの担当医。元々はリチャードの友人で、リチャードに助けられた過去がある。
トマス・ヘザリー(デビッド・モリシー)
– バルマー夫妻の友人でハイディの夫。妻の尻に敷かれ気味。
ハイディ・ヘザリー(ハンナ・ワディンガム)
– トマスの妻。高級画廊のオーナーで、マニアックな官能趣味を持つ。
アダム・サザーランド(ダニエル・イングス)
– バルマー夫妻の友人で乗客。グレース曰く、女性には興味がない。
グレース(カヤ・スコデラリオ)
– 有名インフルエンサー。アダムのイメージづくりのため見せかけの恋人として雇われている。
ラース・ジェンセン(クリストファー・ライ)
– IT起業家。リチャードの投資を受けてAI顔認証システムを開発した。
ダニー・タイラー(ポール・ケイ)
– かつて人気を誇ったが今は落ち目のシンガー。
キャリー(ギッテ・ウィット)
– 金髪の謎の女性。リチャードにアンネの替え玉になるよう強いられる。
使用人・乗組員
シグリッド(アマンダ・コリン)
– バルマー夫妻の警備主任。任に就いてからまだ日は浅く、今年が1年目。
カーラ(ピッパ・ベネット=ワーナー)
– 客室係チーフ。
ジョン・アディス(ピッパ・ベネット=ワーナー)
– オーロラ号船長。
Netflix『第10客室の女』作品情報
作品情報
⚫︎ 製作国:アメリカ
⚫︎ 尺:95分
⚫︎ 原作:ルース・ウェア『第10客室の女』(アカデミー出版)
⚫︎ 監督:サイモン・ストーン
⚫︎ 脚本:ジョー・シュラップネル、アナ・ウォーターハウス、サイモン・ストーン
⚫︎ 撮影:ベン・デイビス
⚫︎ 音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
⚫︎ 原題:The Woman in Cabin 10
予告動画
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