Netflix映画『This is I』がすっっっごく良かった。
はるな愛の半生をベースにした「性」に触れる重めのヒューマンドラマが、きらきらピンクと80年代アイドルソングを纏って最高にキュートに紡がれた。
周囲の偏見、家族との軋轢、社会の壁――それでも夢を諦めなかったアイと、彼女を支えた医師の出会いは、見る者に「自分らしく生きるとは」を具体的に問いかける。
本記事では、物語の核心に触れるネタバレを含めながら、本作が描いた自己受容、社会の偏見や葛藤、そして人との出会いがもたらした変化について掘り下げていく。
本記事は感想にネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎
Netflix『This is I』の評価

総合評価 4.3 / 5 点
評価コメント:ポップでキュートで泣けて、世界の見え方が変わる!
Netflix『This is I』は、ポップで可愛らしいアイドルソングのミュージカル演出と華やかな衣裳に心が弾む一方、奥底に力強いメッセージを秘めた作品だ。
アイの父へのカミングアウト場面に象徴されるように、怒りや拒絶ではなく受容へ向かう家族の姿が印象的で、マイノリティの受容が当たり前となった時代の到来を感じさせる。
ホルモン治療や医療の現実、身体と心の差異がもたらす葛藤も率直に描かれ、当事者の実情を知る学びとしての価値も高い。
重いテーマや悲しい別れもありながら、それでも作品全体を包むのは、仲間たちの連帯やユーモア、周囲の優しさが生む希望の空気だ。軽やかな楽しさに包まれながら、観る者の価値観や想像力を更新していく――可愛さの奥にアイの確かな強さが息づく一作である。
Netflix『This is I』ネタバレなしあらすじ
幼いころからアイドルに憧れていたケンジは、思春期にははっきりと性別違和を抱いていた。男らしくないことで学校ではいじめを受け、相談相手もなく鬱々としていた高校生のころ、ニューハーフ・アキとの出会いがきっかけでショーパブ「冗談酒場」で働き始める。
ケンジ改め、”アイ”はニューハーフの先輩たちに囲まれ、「女になりたい自分」を隠さず生きることを知る。ステージに立つアイを見た美容外科医師・和田は一目でアイに魅了され、客としてパブに通うようになった。
日に日に男性らしくなる身体に困惑するアイは、和田に「タマを取ってほしい」と頼み、和田は「家族にカミングアウトすること」を条件に睾丸摘出手術を承諾する。アイの告白を受けた父親は、葛藤しながらもアイの思いを受け入れたが、母親には隠し続けるようにと釘を刺した。
術後、磨きがかかったアイの美貌は評判になり、ダンサーのタクヤと付き合い始める。和田の美容クリニックもニューハーフ界隈で人気が広がり、手術希望者が殺到した。
男の身体のままではタクヤとセックスもできず、女性への憧れは尽きない。アイは性転換手術を希望する。
性転換手術の難易度は高く、和田は経験がなかった。また当時は、性転換医療行為には認可が必要で、認可なしのアイの手術は和田に思い責任がかかることになる。和田は難色を示していたが、アイの熱意に応え手術に挑む。
アイは晴れて女の身体を手に入れ、充実した日々を過ごす。和田は性転換手術の人気医師として技術研究にも乗り出し、医師の役割に意義を感じていた。
しかし、和田は術中の患者死亡事故をきっかけに、警察やマスコミから非難を浴びることになるーー。
Netflix『This is I』ネタバレあり感想
「子をありのまま肯定する親心」を描く転換点に
本作のミュージカルシーンもきらびやかな衣裳も可愛い!で溢れていたけれど、一番印象に残った場面は「父親へのカミングアウト」シーンだ。千原せいじ演じる”THE 昭和の大阪オヤジ”な父親が、唸り震えながらフォークをテーブルにカッと突き刺し、「…わかった」と絞り出したあの場面。
もう息子のカミングアウトを聞いた父親があたりまえのように激昂する時代は終わったんだなと、長い旅の出口を見たような瞬間だった。
父親せいじは見た目も振る舞いも、どんな時でも「男たるもの論」を振りかざすタイプに見えていたので、あの気持ちを押し殺す長い唸り声には意外も意外。思わず「せいじー!」と叫んでしまったほどだ。きっと同じことを思った人は多いと思う。
本作は「子の幸せを願う親心」が、決して押し付けがましくならないように丁寧に扱われていたのが特に素敵だった。アイの両親はもちろん、タクヤの母親の対応も、これまでの別れを迫る相手方の親とは一味違っていて心底驚かされた。
タクヤとアイの恋愛を肯定したうえで、「アイといると子ども好きなタクヤの笑顔が一つ減ることになる」と正座で別れを請うタクヤの母は、決して意地悪な悪母ではなく、ただ我が子の幸せを願う優しい母親だ。
これまでのLGBTQ作品では、当事者が批判や拒絶で傷ついてから重要なプロットポイントを迎えるのがお約束だった。だが、この先の時代は非難の代わりに、受容や肯定が物語を推し進めるパワーとなっていくのだろう。
本作はそのエポックメイキングとなる、重要な作品だと思っている。
心と身体の差異、性を変えても尽きない悩み
トランスジェンダー女性が、女性ホルモンを強めるためにピルを服用していることを始めて知った。彼氏が自分を女として見てくれるほどに募る女性への嫉妬も、シスジェンダーの私は一生抱くことのない感情だろう。
ポップなアイドルソングをBGMに描かれる、精神や身体の描写はかなり生々しい。トランスジェンダーの身体と心の差異による苦悩を、和田先生を足がかりに医療面にまで踏み込んで描き出した。
はるな愛の半生を語る伝記ドラマではあるが、本作は単なる成功譚でも感動の物語でも終わらない。そこには、社会の制度、医療、そして日常の中に潜む偏見が、当事者の人生にどのような影響を及ぼしているのかが具体的に刻まれている。
きらびやかなフィクションとして心を動かされると同時に、現実を理解するための視点を与えてくれる点において、『This is I』は見る者の想像力と認識を更新していく作品だった。
だが、たとえ身体を変えても一生尽きることのない悩みを、笑い話に変えて吹き飛ばしあうお姉様たちのパワーが凄まじい!
彼女たちのポジティブさは、互いの苦悩を共有し支え合っているからなのだと、騒がしい楽屋を見て理解した。シス女お得意のドロドロやギスギス、新人いびりがない楽屋は、アイたちのパラダイスのようで眩しく見えた。
はるな愛が世界を見るまなざしの温かさ
ともすると壮絶で悲劇的な人生譚として語られがちなテーマだが、作品全体が暖かい空気で包まれ、和田先生の死さえも暗くない。アイは常に希望を持ち、挑戦を続け、優しく愛情深い周囲の人たちがアイの背中を押してくれる。
本作に心無い言葉を投げかけてくる大人や、おおっぴらにアイを差別してくる人はいない。おそらく、作中やベースとなった自叙伝で語られなかっただけで、辛い思いは枚挙に遑がないほどしてきたはずだ。でも、そんな誰かへの怒りや悔しさより、「希望を胸に自分らしく生きる」ことを貫くこの明るい作品が生まれたのは、はるな愛の心が寛容で豊かな証拠に他ならない。
はるな愛がテレビで見ない日がないくらい引っ張りだこだった時代を、よく覚えている。
小学生だった私は、女の子らしい振る舞いのはるな愛から一転、野太い声の「大西賢示」になる瞬間を楽しんでいた。番組もそれを見せ場として扱っていたし、当時の言葉で言うと「オネエ」タレントは全員そういういじられ方をされるためにいるのだと思っていた。
その扱いにひどく傷ついた人もいただろう、と今なら想像できる。
本作を見終えてすぐ、「はるな愛はあのころの大西賢示いじり、すごく嫌だったんじゃないかな」と思った。だが、本作配信に伴って公開されたインタビュー記事を読み漁ると、はるな愛が「大西賢示」であることにも誇りを持ち、身体は女性になっても戸籍名は大西賢示のままであることを知った。
自分の歩んできた歴史も、傷ついた過去も、社会の視線の中で生きてきた名前さえも切り離すことなく抱きしめ、「どちらか」ではなく「すべてが自分」であると肯定している。その姿勢は、自己受容という言葉の意味を軽々と超えているように感じられた。
そして同時に、「自分らしく生きる」とは、過去を切り捨てて生まれ変わることではなく、これまでのすべてを抱えたまま前へ進むことなのだと教えられた気がする。
Netflix『This is I』解説
【解説】和田がアイにした性転換手術は違法だったのか?
アイの睾丸摘出手術を和田はなかなか引き受けなかった。アイが睾丸摘出や性転換手術を望んだ当時、性適合手術には国の承認が必要で、許可なく行えば医師が有罪になるケースもあったからだ。
なぜ許可が必要だったか、和田がしたことは犯罪だったのかを解説する。
まず、和田が認可なしにアイの睾丸摘出手術をしたことは、犯罪ではない。だが問題が起きれば罪に問われる可能性があったという点で、グレーゾーンではあった。
なぜ心にあわせて身体の性を変える医療行為に国の許可が必要だったかというと、当時はまだ、戸籍や法律上において性別が重視されていたからだ。性別が個人の判断で簡単に変えられては、制度に混乱を来たしてしまう。
また、当時の医学思想にはトランスジェンダーを「異常」と扱う、前世紀の古い考えも残っていた。ジェンダー移行は、倫理に逆らう行為だったのだ。
とはいえ、手術自体は非難されることではなく、手術ごとに許可が必要だったわけでもない。もし認可なしに行った手術のせいで患者の人生が台無しになったり訴訟を起こされたりしても、すべては医師の責任で、国は手助けしませんよの予防線というわけである。
2004年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行されてからは、戸籍上の性別が変更可能になり、性適合手術に対する社会の考え方は少し軟化した。
【解説】口パク=リップシンクはドラァグ文化でも重要な表現技法
はるな愛のエアあややは、歌もMCもすべて口パク。本作のミュージカルシーンやステージシーンでも、望月春希演じるアイは口パクで通している。
声が低くて出ないから?もしかして歌が下手?と勘ぐりたくなるところだが、実は口パク=リップシンクは、ショーの世界では立派な表現技法なのだ!
特に、ドラァグクイーンやニューハーフステージショーの世界では、オリジナルを歌う歌手へのリスペクトや尊重から、原曲の歌声そのものも大切にされている。演者は、原曲に表情や口の動きの精密さや感情表現の巧みさをのせて披露する。
ステージで披露されるリップシンクは、歌を再現する行為ではなく、理想や憧れを自分の身体で表現するためのパフォーマンスだ。
本作のアイや、はるな愛のエアあややが口パクなのは、パフォーマンスを通してなりたい自分を生きているからだと考えていいだろう。
Netflix『This is I』主な登場人物・キャスト
アイ / ケンジ(望月春希)
– 大阪に生まれ、幼いころからアイドルに憧れて育つ。女性になりたい思いを隠して生きていたが、ニューハーフショーパブで働きはじめ、和田と出会い人生が大きく変わる。
和田耕治(斉藤 工)
– 形成外科医。警察病院勤務時代、医療指針に納得できず、医師の存在意義を見失っていた。ステージで輝くアイに魅了され、客としてアイと交流を持つようになる。
アキ(中村 中)
– 冗談酒場ママ。アイを面倒見てやると冗談酒場に雇い入れる。面倒見がよく、生き方や恋愛のアドバイスもくれる良き姉御。
タクヤ(吉村界人)
– ダンサー。冗談酒場のショーに出演したことがきっかけでアイと出会い、当時アイの性別が男だと知ったうえで付き合い始める。
和孝(千原せいじ)
– アイ/ケンジの父親。ケンジが男らしくなるようにと野球をやらせるなど、ケンジの本質に薄々勘付いており、カミングアウトの際は葛藤の末に受け止めた。
初恵(木村多江)
– アイ/ケンジの母親。ケンジが女性になりたがっていることには早くから気づいていたが、認めることができず、気づかないふりをしている。
裕子(MEGUMI)
– 和田クリニック看護師。
鶴久(中村獅童)
– 刑事。ニューハーフが殺到する和田クリニックの噂を聞きつけ、認可なしに性転換手術をする和田をマークしている。
Netflix『This is I』作品情報
作品情報
⚫︎ 製作国:日本
⚫︎ 尺:130分
⚫︎ 監督:松本優作
⚫︎ 脚本:山浦雅大
⚫︎ 企画:鈴木おさむ
⚫︎ 撮影:榊原直記
⚫︎ 音楽:小瀬村晶
⚫︎ 振付:akane
⚫︎ 衣装デザイン:宮本茉莉
- 『ぜんぶ、ボクのせい』(2022年)
- 『Winny』(2023年)
予告動画
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