2025年公開の『悪い夏』は、生活保護、不正受給、貧困ビジネスなど、日本社会の“見たくない現実”や“リアルな貧困”を描いた作品として、後を引く重さを残すサスペンスドラマだ。
クズばかりの登場人物の中で、真っ当に生きたいと願いながらも闇落ちしていく主人公の姿が強烈に突き刺さる。
なかでも、金本を演じた窪田正孝の得体の知れない怖さと、北村匠海が見せる繊細な表情変化は、物語以上に観る者の心を揺さぶる。
この記事では映画の感想や考察を深掘りしていくので、鑑賞済みの方は振り返りに、気になっている方は参考にどうぞ!
本記事は感想にネタバレを含みます。まだ未視聴の方はご注意ください◎
映画『悪い夏』の評価

総合評価 3.4 / 5 点
評価コメント:真の貧困の絶望がここにある
染井為人の同名小説を映画化した本作は、生活保護をめぐるサスペンスを通して、現代社会の闇と、貧困を抱える人々のリアルを突きつける。
シングルマザーの古川と愛美を対比させることで、孤立したシングルマザーの苦しい経済負担や、問題だらけの社会状況も炙り出される。真面目な佐々木や古川よりも、不正受給を操る金本のような人物に金が流れていく理不尽な現実は、胸に刺さって痛いほどだ。
台風シーンはドリフのコントを思わせるカオスな混乱の末、全員のストーリーが一挙に収束していく脚本が見事。
主人公の佐々木は多くを失うが、彼が愛美と美空との暮らしを選ぶラストは不思議と希望が漂う。どこまでも残酷で救いのない原作に比べ、映画版は悲惨さが薄められる代わりに、欲望渦巻く人間ドラマが深く描かれている。
- 鬱映画や鬱小説、鬱漫画が好きな人
- コメディ作品に出演している北村匠海・窪田正孝を見たことがある人
- 闇金ウシジマくんを反面教師として見た人
- ライフラインやスマホを未払いで止められた経験がある人
映画『悪い夏』が視聴できる配信サービス
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現在、Amazonプライムビデオで見放題視聴が可能です!
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- Apple TV
映画『悪い夏』ネタバレなしあらすじ
主人公・佐々木守は市役所の生活福祉課に勤める真面目な公務員。生活保護などの支援が必要な人の相談・支援を行うケースワーカーとして働いている。
ある時、佐々木は同僚の宮田から「先輩・高野が生活保護者に肉体関係を強要しているらしく、一緒に探ってほしい」と持ちかけられ、真偽を確かめるべく、宮田とともに相手の女性・林野愛美のもとを尋ねる。
愛美はシングルマザーの生活保護受給者で、5歳の娘・美空と暮らしている。佐々木たちの前でも平然と美空を怒鳴りつけ、娘の食べ物より煙草を優先して買う愛美は育児放棄一歩手前だった。
宮田と佐々木の問いに、高野との関係を否定する愛美。しかし実際は、高野から生活保護受給を容認する代わりにセックスを強要されており、さらに受給額から3万円を取られていた。
そのことを愛美から聞いた裏社会の住人・金本と手下の山田は、高野を脅してホームレスの生活保護申請を通して利益を得る、貧困ビジネスを企てる。だが、高野の件が佐々木らにバレていると知ると、ターゲットを高野から佐々木に変え、愛美は佐々木にハニートラップを仕掛けるよう指示される。
そうとは知らず、佐々木は愛美の家を頻繁に尋ねるようになる。佐々木との交流で愛美は美空への母性を取り戻し、次第に佐々木に心を許していく。佐々木も、愛美を真剣に好きになっていった。
佐々木への思いから、計画実行をためらっていた愛美だったが、金本によって佐々木は犯罪へ加担させられてしまう。底なし沼に引き摺り込まれていくように、佐々木の心は荒み、闇堕ちしていく。
そして、“クズとワルしか出てこない”登場人物たちの欲望は絡まり合い、とんでもない出来事に発展するーー。
映画『悪い夏』ネタバレあり感想
真面目に生きても報われない社会を生きていく
真面目ボーナスがあればいいのに、と思う。
佐々木や古川のように真面目に真っ当に生きている人が報われず、金本や山田のような小狡い人間が旨みを吸って楽に生きている構図は現実でも同じだ。
真面目で一生懸命なほど、見返りがある社会であってほしい。そう思うが、真面目なだけでは社会に利益を生み出さない。金本のように法の上では悪いことをしている人ほど、人の助けになっていたりする。腑に落ちないけれど、経済社会ではそちらに金が集まるのは当然のこと。
確かに佐々木は真っ当な人間だが、主体性はなく、不正受給を諌める正義感もなく、困らないラインを守りながら適当に生きてきたとも言える。悪いことではないし、佐々木と同じように生きている自覚がある人は多いと思う。よく言えば穏やかな人生。
私たちは、お金のために生きている。物価上昇は止まらないし、税金も年金も納めているのに国は老後のために貯金もしなさいと言う。大昔はなくてもなんとか生きていけたはずなのに、今では全員が人生を費やして獲得しなければいけないものになっている。「自分らしい生き方」を謳う自己啓発本やSNSからも、お金を稼ぎたいでしょう?と囁く声がする。
お金を稼ぐことだけに人生を費やしたくないけれど、どうしたらいいかわからない。だから、真面目に生きていたらきっといいことがあると信じて、真面目に一生懸命に生きている。
窪田正孝の金本は、得体の知れない生き物のようで怖かった。弱い立場の人に親身になってくれる優しい人のようでいて、何を思っているか、いつ何がきっかけでキレるかわからない危うさや、声や表情と体の動きが一致していない異常さ。口元は笑いながらも、半開きの目は冷たくドス黒い。
金本が「こいつら全員殺して山に埋めよう」と言い出す場面は、複数犯によって起きる犯罪のほとんどがこんな感じで抗えずに行われたのかもしれないと思い、山田に同情してしまった。
一方、北村匠海の目の表情が豊かなことに驚く。ひとえに真顔といっても、目に非難を宿したパターンや、思考を放棄した虚脱状態、緊張感に強張っている童貞らしさなど、目で自在に表現を操る。朝ドラ「あんぱん」の演技も高評価だったことだし、そのうち大河ドラマで主要キャラを担う日も近いと思っている。
孤立シングルマザーの貧困
生活保護を受ける愛美が、煙草も買えるしファミレスにも行けていることが意外に思った。
愛美親子と古川親子、二組のシングルマザーを比べると、どちらも貧窮してはいるけれど生活保護受給の愛美の暮らしのほうがずっと余裕がある。
仕事がない分、時間もあるから愛美は日中はパチンコに行く。働くと収入によっては生活保護を受け続けられなくなるうえに、仕事と家事で身体の負担は増える。そんな状況で、わざわざ働きたいと思う人がいるとはとても思えない。
シングルマザーが働くとなると、仕事と生活運営と子どものケアで日々のタスクは人より多いのに、生活費は2倍かかる。古川だって食費節約のために自炊したいだろうに、レトルトカレーやお惣菜を手に取らずにいられないほど時間に追われ、疲弊している。
事故死した夫の保険金や慰謝料、家族の援助は?そういう世の中のあらゆるセーフティーネットから、こぼれ落ちてしまったのが古川なのだ。
頼れる人がいないシングルマザーを、キャバクラや風俗店を営む金本のような怪しげな人たちが救っているのは事実だ。
ラストには、生活保護を受給できたのか仕事を見つけたのかは不明だが、買い物袋をさげた古川と、うまい棒の大袋を掲げてはしゃぐ息子の姿があった。人生転落する人ばかりの本作で、描かれた希望。あの年不相応に大人びた息子が、やっと子どもらしく振る舞うことができると思うと胸がじんと暖かくなる。
生活保護を正面から描く作品は、ありそうでなかったように思う。貧困のリアルを突き詰めるなら、本来は生活保護こそ描くべき題材だったのかもしれない。不正受給ビジネスなど、普段意識しない社会の暗部にも触れられ、新しい視点や興味を広げてくれるきっかけになった。
台風シーンにドリフイズムを見た
本作で一番の盛り上がりどころである台風決戦のシークエンスが、ドリフだった。同じこと思った人いますよね!?
傘が吹っ飛び、倒木の下敷きになり、まるでコントのようなハプニングの連続に、北村匠海の姿が志村けんに重なる。いつ金ダライが脳天に落ちてくるのかとハラハラした。
気づけば全員集合で、それぞれ好き勝手に騒ぎ大乱闘のカオスは、最後に愛美が金本の頭に石を振り下ろして閉幕。やっぱり頭上に物が落ちてきた!と、可笑しくさえあった。
ほとんどの登場人物を集めてストーリーを一気に収束させるクライマックスまでの無駄のない脚本は、見事だった。
宮田は登場時の高野への声の質感で「高野のこと好きだな」と思っていたけれど、それからどんどん執着の粘度を増していくヤバい女っぷりはむしろ清々しく、見終えたころには宮田はコメディ要因になっている。
宮田が書いていた刑務所にいる高野への手紙も、もちろん画面を止めて読んだ。高野を独占できた恍惚が文面に滲み出ていて、それはもう気持ち悪くて最高なので、ぜひ見てみてください!
映画『悪い夏』考察・解説
【解説】実際には言えなかった佐々木の心の叫び
愛美の裏切りにも傷ついたあげく、金本によって犯罪に加担させられ、佐々木は死んだ魚のような目で、ただ空虚に日々の仕事をこなす。
そして、ついに限界を迎えた佐々木は、生活保護受給の相談にきた古川親子に、「やるべきことをやり尽くした人が最後に頼っていい場所だ」と声を荒げたのだった。
古川への言葉は徐々に、愛美に向けたと思われる言葉に変わっていく。感情を失ったかに見えた佐々木が、怒りを爆発させたかと思えば、悲しみや寂しさをこらえきれずに滲ませる姿が痛々しい場面。
しかし、後半の愛美へ向けたメッセージは、おそらく実際に声に出して古川にぶつけてはいないと思われる。
あれだけ大声で相談者に暴言をぶつけていたにも関わらず、ほかの職員が止めに入ることもなく、上司は佐々木が古川に対応したことも知らなかった。そのため、目の前の古川に対して実際に発せられた言葉ではないだろう。
古川への説教の途中で、バンッと空気が変わるような効果音とともに、画面はゆっくりと佐々木の顔に寄っていく。佐々木の心の中が、少しずつ明かされていくことが映像で示されていた。
あの部分は、愛美に裏切りを知ったあの日以来、佐々木の頭の中で何度も反芻してきた叫びだったのではないだろうか。
事件によって、足も不自由になり市役所も辞め、佐々木は多くを失った。
だが、主義主張を持たず、当たり障りなく生きてきた佐々木が、きっぱりと自分の意思を貫いて、愛美と美空との生活を選んだラストは不思議と暗くなく、彼らの行く末はこれから明るく転じていく気配がする。
【解説】原作との違い|原作はもっと残酷で胸糞展開
原作は染井為人の同名小説。”クズとワルしか出てこない”衝撃作と評判の、第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞だ。
映画版もクズ揃いで、弱者に容赦ない鬱展開が見る人にダメージを与える作品だったが、原作は比べものにならないほど非道で救いのない結末になっている。
- 映画の愛美は佐々木と心を通わせるが、原作では愛美は佐々木を一方的に利用する打算的な女として描かれる
- 原作では佐々木はシャブ漬けにされたうえで金本に従わされている
- 古川親子は映画版オリジナルキャラクター
- 高野と宮田の不倫関係は映画版オリジナル設定
古川親子を登場させたことで、不正受給者の狡さと社会の不合理がより強烈に映った。宮田と高野の不倫にも、人間の欲深さやどうしようもなさが表れている。
冷酷で悲惨な原作をマイルドにしつつ、よりドロドロした欲望が絡み合う人間ドラマに昇華したのが映画版だ。
完全にエンタメに振りきっった原作に対して、映画版はリアルな人間らしさや、夏のじっとりとした不快さが感じられる、日本のどこかで起きているかもしれない身近な話として受け取れる。
読了後、しばらく引きずるような衝撃的な読書感がお好みの方は、原作もぜひ。
映画『悪い夏』主な登場人物・キャスト
佐々木守(北村匠海)
– 市役所の生活福祉課でケースワーカーとして働いている。真面目で控えめな性格で、担当受給者の不正受給に気づいても強く言えない。
林野愛美(河合優実)
– 生活保護を受けながら娘・美空を育てるシングルマザー。ケースワーカーの高野に弱みを握られ、セックスを強要されている。
高野洋司(毎熊克哉)
– 佐々木の先輩。妻子がいる。あるきっかけで愛美の不正を知り、黙認する代わりに肉体関係を迫っている。
宮田有子(伊藤万理華)
– 佐々木の先輩。高野が受給者に肉体関係を迫っているとの噂を聞き、佐々木に事実究明の相談を持ちかける。
山田吉男(竹原ピストル)
– 佐々木が担当する生活保護受給者。不正受給をしながら、金本の下でドラックの売人をしている。
金本龍也(窪田正孝)
– 。裏社会で力を持つ、ヤクザ兼風俗店オーナー。愛美が高野からハラスメントを受けていると聞いて、高野を利用した金儲けを企てる。
梨華(箭内夢菜)
– 愛美の友人で金本の女。愛美が金本の風俗店で働いていた時に知り合う。
古川佳澄(木南晴香)
– 息子を育てるシングルマザー。夫は4年前に事故死して以降、生活は苦しく、万引きに手を出す。
古川勇太(斉藤拓弥)
– 佳澄の息子。しっかり者で、母を気遣い気丈に振る舞う大人びた少年。
林野美空(佐藤恋和)
– 愛美の娘。5歳。保育園には通っておらず、家ではお絵描きをして過ごす。
映画『悪い夏』作品情報
作品情報
⚫︎ 製作国:日本
⚫︎ 尺:114分
⚫︎ 監督:城定秀夫
⚫︎ 脚本:向井康介
⚫︎ 撮影:渡邊雅紀
⚫︎ 音楽:遠藤浩二
⚫︎ 原題:Bad Summer
- 『ピース オブ ケイク』(2015年)
- 『愚行録』(2017年)
- 『マイ・ブロークン・マリコ』(2022年)
- 『ある男』(2022年)
予告動画
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